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「本と街と本屋さん」
恵文社一乗寺店 堀部さん
トークイベント全文文字起こし

 

 Vol.1

 

 

宍道さん(以下:宍道):ちょうど7時半になりました。今年度第一回の曽田文庫のブックカフェを始めます。今日の司会を務めます曽田文庫の宍道です。よろしくお願いします。本日は京都の一乗寺にあります恵文社一乗寺店の店長であります、堀部さんをお迎えしました。皆さん拍手でお迎えください。

 

 

堀部さん(以下:堀部):堀部です。よろしくお願いします。最初にお礼を言っておきますと、こちらに来るまでにイベント事務局の方に何から何まで良くして頂いて、こちらに来てからもこちらの本屋さんの方にご案内して頂きまして...皆さんに下にも置かない扱いを受けまして。今日も沢山の方にお集り頂きまして。最初にお礼を言いたいと思います。ありがとうございます。
 


宍道:こちらこそありがとうございます。今回のイベントが開けることを大変嬉しく思います。私が堀部さんを知ったのはTVでして...何年か前に教育テレビの「極める」というシリーズがありまして、その時に従来のランキングの形ではなく、堀部さんのなさっている本の並べ方というのを知りまして。

 

私は図書館の人間なので、図書館の方が負けたな、本屋さんに一本取られた、やられたなと感じました。大型書店のように何十万冊の本を置いているわけではないけれど、それでもあれだけのお客さんが来ておられる...これこそがこれからの新しい本屋の形かなと。今日は11月に上梓なさる本のお話も含めてお聞きしたいと思います。また、地元の本屋さんたちにもお話を聞けたらと。それではよろしくお願いいたします。

 

 

堀部:まず話を始めさせて頂く前に、前提として、「誰やねん」という方もいらっしゃると思いますし...(会場笑い)、まずうちの店がどういう店なのかをお話させて頂きたいと思います。この中で、うちの店にお越し頂いた事のある方は...?(沢山手が挙がる)すごいですね、遠路はるばるありがとうございます。うちの店はへんぴな場所にありまして...京都駅からも離れた、左京区というエリアになるんですけど、京都大学があって、造形芸術大学、精華大学、他にいろいろな大学に囲まれた、学生の街というか。京都の碁盤の目の端っこにあって、後から大学がどんどん出来て、学生が住みやすい物件が出来て...という。商店と、学生と、あとちょっと昔からの文化的なものが残っている、そんな場所に位置している本屋なんですね。

 

 

恵文社一乗寺店、「一乗寺店」っていう名前がついてるんですけど、実は3店舗ありまして、ああいう個人店のような店構えなんですが、業態で言うとチェーン店なんです。京都駅のひとつ南の西大路店と、ショッピングモールにあるバンビオ店、そして一乗寺店。運営はそれぞれ独自運営でやっている、というのがかなり特殊な業態かなと思います。僕の立場は店長で、経営者ではないです。ただ運営に関しては一任されていると。なので仕事としては毎日、本を注文して、入ってくる本を並べて、オンラインショップの運営をしたり、イベント企画をしたり、という感じです。

 

 

 

うちの店の話の続きをさせて頂くと、本屋さんの仕入れ先として取次というのがありまして...大取次が二つあり、小取次がいくつかあり...ほぼ寡占状態なんですね。本屋さんに入ってくる本は、そうした取次を通して入ってくるものがほとんど、というのが普通なんです。例えば紀伊国屋さんや丸善さん、ジュンク堂さんといった書店さんは、仕入れの9割以上が取次から入ってくるもので商品構成されてるんです。

 

 

うちのお店が特殊なのは、普通の街の本屋さん同様に取次とも契約しているんですが、一方で取次を通らないような商品も置いているんです。例えば自費出版のミニコミ誌であったりとか、美術館の図録であるとか、出版社以外の出す本や、古本もありますし、雑貨も置いています。取次というのは出版社を全て取りまとめているので、何千とある出版社の本を一冊からでも注文すれば届くんですけど、それ以外にも作り手さんだったり、美術館であったり、様々な取引先と直接契約しています。本屋としては異例の、何百社...あまり沢山注文しないところも含めると、千社近くと細々した取引を、月に1万円しか払わないような取引もしています。

 

 

だから、うちは普通の街の本屋さんでありながら、他の書店さんでは見ないような物が並んでいたりだとか、そういう意味で見え方が違うというのはあると思います。かつ、本だけでなくギャラリーを併設していたり、生活雑貨を置いているフロアがあったり、音楽CDがあったり、フリーペーパーを置いていたり。いわゆる複合型新刊書店というのが一乗寺店かなと。

 

 

 

なぜこんな特殊な業態をしているかというと、普通の本屋さんの方が我々から見ると特殊というか...いわゆる大型書店であったり、普通の街の本屋さんはどうやって本を構成しているかと言うと、これはどんどん変わってきている話ではあるんですけど、取次が今までの店ごとの売上の実績から、入荷数や商品構成などを決めているんです。なのでどうしてもお店ごとの商品傾向が似てくる。かつ再販制(定価があって割引ができない)があって、売れ残った本や雑誌は返品することも出来る。普通の小売では返品するなんて出来ないことなんです。そういうことを続けていると、本屋さんが商品構成を考えない、ということになってくるんですね。売れてるものをどれだけ配本してもらうか、といった仕事になってしまう。

 

 

本屋さんには、そういう旧態依然のシステムが今でも残っているんですが、恵文社一乗寺店は昔からそういったシステムをほぼ無視していたというか。恵文社が変わった店だね、とか、どうやって本を選んでいるのか、ってよく聞かれるんですが、そういう意味で普通の本屋さんと違う業態をしているからなんです。逆に本屋さんと比べなければ、返品できない条件で仕入れて売り切る、商品を一品ずつお店が選んで並べる、というのは他の小売店では当たり前のことですよね。うちは「セレクトショップ」と便宜上説明することもあるけど、裏返せば普通の本屋さんが凄く特殊な業態ということなんです。

 

 

創業はオーナーの先代が始めた店で、老舗でも何でもないんですが、一乗寺店のオープンした年も正確に記録していなかったようなゆるい店だったんですね。最初は西大路の駅前のお店から始まり、サラリーマンに沢山雑誌を買ってもらうようなお店だったのですが、それとは違うことをしようと思って左京区で始めたのがうちの店です。僕は学生の頃からアルバイトとして働き始めたのですが、店長もいない状態で、本屋のイロハを誰に教わった訳でもなく、学生やフリーターのスタッフたちが面白いと思って仕入れるものをオーナーが認めてくれていたとか、海外に行って買い付けしようとか、実験的なことの積み重ねが、今に繋がっているのかなと思います。

 

 

宍道:ありがとうございます。参加者の皆さん、ここまでで何かご質問はありますか?
 


参加者Aさん:再販制度によって、出版社が自転車操業になることもあると聞いていますが、本屋の将来、出版業界の将来について、どういう風に見ておられますか?
 


堀部:私には荷が重いご質問なんですけど、出版社が再販制度で火の車っていうのは、返品がどんどん来て、それを支払うために新刊をどんどん作るっていう状態のことを仰っているんだと思うんです。なぜそういうことが起こるかと言うと、現在の書籍の流通システムは、もともと戦後の雑誌流通システムや、円本っていう一円の本の流通から来ているんです。僕らの父親の世代だと、応接間に文学全集が置いてあったりとか、ああいうのは知的なインテリアでもあって、アイデンティティとしてものすごく本に求められていたんですよね。

 

 

そういう中で、大量に全国に配布して、返品もできますよ、という流通の仕組みになっていきました。現在の本にまつわる状況については、人が本を読まなくなったということではない、と僕は見ています。単純にそれ以外の選択肢というか、娯楽でいうとスマホやTV、ゲーム、インターネットなどが出て来た。本のライバルは電子書籍というわけではないと思うんです。そうした他の選択肢が多くある中で、黙っていても本が一万冊売れる、という流通の仕組みはもう通用してないはずなんですよ。

 

 

でも、出版社さんっていうのはマスマーケット、一万人以上の単位で企画を考えるわけですよね。特に雑誌は。そういう意味で、出版の将来というのは、もっと嗜好品化していくのではないかと。1000部、2000部売れたら十分採算が成り立つ、出版する組織も5人、10人。本来の出版ってそれくらいの姿だと思うんですよね。

 

 

質問者A:そこに戻れるんでしょうか?最近も新刊本が物凄く増えて、新刊の質が薄くなってきているような気がするんです。これは出版業界の自殺行為ではないかと思うのですが。

 

 

堀部:一度大きくなった組織を小さくする、っていうのはどんな業界でも難しいと思うんです。日産がリストラしたとか、ああいった英断はなかなか稀なわけで。出版社でもそれは同じだと思うんですけど、一方で今希望が持てるのは、個人の単位で、1000部、2000部の、本当に本の好きな、「本の好きな」っていう言い方はちょっと曖昧で僕は使いたくないんですが、丁寧に編集されていて、年間5、6冊出して、本屋さんとの直接取引も厭わない、そういう出版のあり方が増えてきているんですよね。

 

 

例えばミシマ社さんっていう出版社がありまして、編集も社長の三島さんがご自分で手がけられて、取次を通さずに全ての本屋さんと直接取引を行っています。でも、流通網は取次の配達網に乗せている、そういう抜け道もいっぱいあるんですよね。そういう出版社が内田樹先生など著名な方の、人文書では異例な何万部のヒット本を生み出したりしている。そういう流れがちょっとずつ起こっているんです。

 

 

だから、本はマスなメディアではなくなっていくのではないかと考えています。本がなくなるとかではなく、肥大し過ぎたものが、徐々にシェイプアップされていく。配本とか取次とかそういった仕組みにがんじがらめにされるのではなく、もっと自由な個人規模の出版物が出始めて、それが1000部、2000部売れれば十分成り立つという。だから、出版で大もうけしようということはなかなか難しいと思いますし、すごく余裕のある業界ではないと思うんですけれど、小さいところから良い本はたくさん出てきているので、直接取引をしてきた我々にしてみたら凄く自然な流れというか。

 


ここで本の利率のことを申しますと、本の利益って2割しかないんですよ。1000円の本を売って、200円しか入らない。例えばジャンプを何冊売れば家賃やアルバイトのお給料を払えるか、ということを考えると、なかなか大変ですよね。

 

 

質問者A:小さい出版社が生き残っていくためには、小さな街の本屋さんの存在が重要ではないかと思うんですが、一方で今、新しく本屋を始めるってすごくリスキーな話だよなあと思うんですが。

 

 

堀部:そうですね。新しく本屋さんを始めるのに取次と契約するのが難しいとか、いろいろあるんですが、取次を通さないとか、違った形も出て来ています。

 

 

宍道:僕自身は、今の出版業界の中で、取次は必要なんだろうか?という疑問も持っています。そのあたりはいかがですか?

 

 

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